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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)234号 判決

主文

一  各事件原告らの本件訴えのうち、甲事件被告東京都知事に対する訴外東京鉄道立体整備株式会社の事業に関する出資金の支出差止請求、甲事件被告東京都建設局総務部計理課長に対する訴外東京鉄道立体整備株式会社の事業に関する事業委託費の支出差止請求、乙事件被告世田谷区長及び丙事件被告練馬区長に対する訴外東京鉄道立体整備株式会社の事業に関する各公金支出差止請求並びに丁事件原告出沢その子及び同下平憲治を除く同事件原告らの被告鈴木俊一に対する別紙四記載の各支出に係る金員支払請求のうち平成五年三月三一日以前の支出に係る金一億四〇五二万四〇五五円及びこれに対する遅延損害金の支払請求に係るものをいずれも却下する。

二  各事件原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らの負担とする。

理由

一  財務会計上の行為に対する監査請求と住民訴訟

1  地方公共団体の運営に関する事項は、地方自治の本旨である住民自治、団体自治に基づいて法律によって定められるものであり(憲法九二条参照)、様々な利害関係の中において様々な利益衡量と利害の調整を行うべき地方行政における、これらの多様な利益と意見の調整は、住民の公選による代表を通じての多数決原理によることが現在の民主制の到達点ということができる。

地方自治法は、住民自治の本旨に従い、右の間接民主制を補完するものとして直接請求を認めるとともに、住民の地方行政の監視の方法として、所定の手続に従って決定された施策の内容を含め、地方公共団体の事務に関する監査請求を許容している。もっとも、その補完的性質に照らして、右の事務監査請求については、選挙権を有する者の五十分の一以上の者の連署という要件が求められている(同法七五条)。

他方、同法二四二条は、地方財務行政については、違法又は不当な公金の支出、財産の取得、管理又は処分、契約の締結又は履行、債務その他の義務の負担といった財務会計上の行為と違法又は不当に公金の賦課、徴収又は財産の管理を怠る事実につき、住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化に資するよう、その防止、是正、損害回復のための必要な措置を求める監査請求の制度を認め、これについては、法人を含む一人の住民からもその違法、不当の是正を申し立てることができるものとし、他方、行政の安定という一方の公益保護の観点から、監査請求期間を当該財務会計行為のあった日又は終わった日から一年とし、その例外を認めるためには「正当な理由」を要求しているのである。また、財務会計上の行為は、既にされたもののみならず、その行為がされることが相当の確実さをもって予測されるものについては、監査請求の対象とし、当該行為の防止等の措置を求め得るものとされている。

したがって、監査請求の対象となる財務会計上の行為又は怠る事実については、他の事項から区別し、特定して認識するよう個別的、具体的に摘示し、複数の行為等については、行為等の性質、目的等に照らしてこれらを一体とみて不当、違法を判断することが相当である場合を除き、各行為について右の摘示が求められるのである(最高裁判所平成二年六月五日判決・民集四四巻四号七一九頁参照)。そして、監査請求の対象となるのは各行為であるから、支出負担行為とこれに基づく複数の支出であっても、不可分の行為と認められるものを除き、原則として、各行為について監査請求期間が進行するものというべきである。

また、監査請求期間の例外となる「正当な理由」とは、特段の事情がない限り、地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該財務会計行為の存在及び内容を知ることができたか、これを知ることができたと解されるときから監査請求をするために必要とされる相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断されるべきものと解すべきである(最高裁判所昭和六三年四月二二日判決・裁判集民事一五四号五七頁、判例時報一二八〇号六三頁参照)。

そして、監査請求の対象となる将来の財務会計上の行為については、具体的な予防、是正の措置を検討する対象として、当該行為がされることが相当の確実さをもって予測されることを要するものとされているのである。

2  ところで、司法の目的は法律の適用によって紛争を解決することにあるから、公権力の違法な処分によって自己の権利、利益につき具体的に不利益を受ける者はその是正を訴求することができるが、個別具体的な権利の救済を超えて地方公共団体の政策決定の不当性、違法性を一般的に審査する権限を有するものではなく、いわんや、議会が多様な利益衡量に立って行った議決に基づいて地方公共団体が行った政策決定の当否を審査することは制度上予定されていないというべきである。すなわち、地方公共団体の政策決定過程において採用されなかった少数意見に合理性があり、あるいは政策として採用された意見が適切を欠くものであったとしても、その是正は住民に与えられた地方自治法上の請求、または究極的には参政権の行使によるべきものであって、司法機関が個別的な権利救済の範囲を超えて、政策内容の当否を決し、政策の内容に容喙することは、かえって住民自治の本旨に反するものというべきことになる。

しかし、既に説示したとおり財務会計上の違法の是正は自治行政の経済的基礎をなす財産の適正な管理により地方自治運営の公正を確保するという公益に合致し、その判断の内容において司法審査になじむことから、違法な財務会計上の行為については、特定の住民が個別具体的な不利益を受けるか否かを問うことなく、監査請求の結果についての訴訟が認められているのである(地方自治法二四二条の二)。そして、住民訴訟の類型としては、差止め(一号)、取消又は無効確認(二号)、違法確認(三号)、代位請求(四号、財務会計行為を担当する者に対する損害賠償請求等(前段)、相手方に対する原状回復請求等(後段))が規定され、審判対象としての成熟性及び地方行政の円滑な遂行という観点から、差止請求については、差止めを認めないことによって地方公共団体に回復困難な損害を与えるおそれがあることが要件(規定の文理及び趣旨に照らして、訴訟要件と解される。)とされているのである(同条一項)。

右の財務会計行為等に対する監査請求及び住民訴訟の制度趣旨によれば、住民訴訟によって是正を求めるべき違法は、財務会計行為に関するものであれば、その原因となった非財務会計上の行為の目的、動機等のすべての違法を含むというものではなく、原則的には、財務会計上の行為等に際して判断することが行為規範となっている違法に限られるのであって、財務会計行為等を前提とし、あるいは当該財務会計行為等の動機、目的となる施策又は処分の内容に関する違法性のすべてが財務会計上の行為の違法を招来するものではなく(最高裁判所昭和五九年一一月六日判決・裁判集民事一四三号一四五頁、判例時報一一三九号三〇頁参照)、支出負担行為がその性質において無効と主張される場合(最高裁判所昭和五二年七月一三日判決・民集三一巻四号五三三頁参照)、支出の原因となった非財務会計行為が専ら公金の支出のためであり、当該財務会計行為の原因となった行為を当該財務会計職員が是正すべく、また、それが可能な場合(最高裁判所昭和六〇年九月一二日判決・裁判集民事一四五号三五七頁、判例時報一一七一号六二頁、最高裁判所平成四年一二月一五日判決・民集四六巻九号二七五三頁参照)等、少なくとも、当該違法事由とされるものが財務会計行為に当たって当該職員が判断すべき事由であり、その事由があれば、当該財務会計行為を回避すべく、それが可能な場合であることを要するのであって、これと異なる原告らの主張を採用することはできない。

また、財務会計行為に関する監査請求及び住民訴訟が地方財政の適正な管理という公益のための制度であって、個別的私人の権利救済のための制度ではないことに照らせば、差止請求訴訟の訴訟要件である「回復困難な損害を生ずるおそれ」とは、財務会計行為等の原因行為あるいはその目的、動機等から予想される私人の権利被害についてではなく、地方公共団体の経済的損害について検討されるべき要件であることも明らかというべきであって、これと異なる原告らの主張を採用することはできない。

二  本案前の主張について

1  前記事実関係(事実第二、二)によれば、当面、東京都、世田谷区、練馬区が追加出資を行うことが相当の確実さをもって予測されるとの事情は認めることができない。この点につき、原告らは、事業規模との対比における資本金の過少という点から、将来における出資の可能性を指摘するが、原告ら指摘の事情があるとしても、後に検討する訴外会社の事業内容に照らして、監査請求の対象とすべき将来の財務会計上の行為として、追加出資を行うことが相当の確実さをもって予測されるということは到底できない。

2  また、甲事件被告課長が訴外会社に対して事業委託費を支出することは、訴外会社の設立目的に照らして十分に予測できることであるが、各事業委託費の支出は、各個の委託契約に基づくものであり、本来的には委託事業に対する対価の支払であるから、仮に訴外会社自身に違法事由があるとしても、東京都に具体的な損害が生ずるものではなく、また、将来においていかなる委託契約が予想され、その支出が東京都にどのような回復困難な損害を及ぼすかについては、本件全証拠によっても明らかでなく、これを認めるに足りる証拠はないというべきである。

そして、右に説示したことは、乙事件被告世田谷区長及び丙事件被告練馬区長に対する委託事業費の支出差止めについても同様というべきである。

3  丁事件における監査請求は、甲事件との重複監査を理由に却下されている。ところで、甲事件における監査請求は、将来にわたる訴外会社への公金支出を財務会計行為としてとらえ、その差止めを求めているから、その後の具体的な支出は右監査請求の対象に含まれることとなり、甲事件原告らが具体的支出に対する監査請求をすることは重複監査と解されるところ、甲事件原告出沢その子及び同下平憲治は丁事件の原告となっているので、右両名の丁事件に係る監査請求は許されないと解する余地があるが、その余の丁事件原告らは甲事件原告らと同一ではないから、右の理由による監査請求の却下は理由がないというべきである(最高裁判所昭和六二年二月二〇日判決・民集四一巻一号一二二頁参照)。なお、既に裁判所に係属している住民訴訟と同一の請求については他の住民の別訴は許されないところ(地方自治法二四二条の二第四項)、この場合の同一の請求の意味を同一の財務会計行為又は怠る事実と解した場合には、丁事件の財務会計行為は甲事件のそれに包含されていることになるので、丁事件の適否が問題となるが、本件では丁事件は甲事件に併合して審理されているので、丁事件について右の理由による違法はないと解される。

次に、原告らは、丁事件における訴訟の当初において、訴訟の対象となる財務会計行為を平成五年三月末日までに委託費名下に支出された一億九三〇〇万円と主張していたが、その監査請求(東京都知事措置請求書)には、「小田急の連立事業=都市計画事業に関し、{1} 都市計画素案等説明会、{2} 環境影響評価作業、{3} 現地測量調査などの諸作業を委託し、この委託費用として少なくとも金一億九三〇〇万円」を東京都知事が訴外会社に支出した旨が記載されているのであって、日時等をもって支出を個別的に特定するものではないが、各支出の費目、種類、支出の相手方(訴外会社)及び支出期間(訴外会社が設立された平成二年八月から違法性の認識の端緒となった本訴での増沢一朗証言のあった平成五年一一月まで)は明らかであって、監査委員が他の財務会計行為と区別して特定認識することは可能というべきであるから、監査請求の対象としては、その特定を充たすものというべきである。そして、訴訟上も財務会計上の行為が別紙四の各支出である旨訂正されているから、この点で監査請求を不適法ということはできない。

ところで、監査請求の対象となるべき財務会計上の行為等の範囲としては、その性質、目的等に照らして一体とみて違法性又は不当性を判断するのを相当とする場合であっても、当該行為等そのものが不可分である場合等特段の事情がある場合を除き、監査請求期間は各行為等について検討すべきである。なぜならば、監査請求の対象については、違法、不当の判断をする対象として、又は訴訟における訴訟物との同一性の判定基準としてその特定が考慮されることから、ある財務会計上の行為から当然に派生する行為等をも監査の対象と解することができるが、監査請求期間は財務会計に関する地方行政の安定性からその対象が判断されることになるから、既にされた各個の財務会計上の行為については、原則として、これを各別に観察することが要請されるのである。そして、本件について、これをみるに、前記各支出は、平成三年六月一日及び平成四年五月六日の各支出負担行為(業務委託契約)に基づくものであるところ、各業務委託契約及び平成五年三月三一日以前の各支出については、当該行為の日から監査請求がされた平成六年一〇月六日までに既に一年以上を経過していることが明らかであり、別紙四記載の各支出を不可分に監査請求すべき事情も認められない。また、各支出がことさら秘匿隠蔽され、情報開示制度の対象から除外されていたといった事情は認められず、前記事実第二、二、7、(四)に認定したとおり、原告らが委託契約締結の事実を認識した端緒は、平成五年四月ないし六月にあるところ、先に説示したとおり、本件では、各支出の日時、金額を個別的に特定しなくとも財務会計上の行為を特定し、監査請求をすることが可能であって、右各支出に関して主張されている違法事由は訴外会社の存在の違法性であったことからすれば、この事由を主張して監査請求をするために特に時日を要するものではないから、結局、平成五年三月三一日以前の各支出については、監査請求期間の例外を肯定すべき正当の理由を認めるに足りる事情はないというべきである。

4  したがって、甲事件被告都知事、乙事件被告世田谷区長及び丙事件被告練馬区長に対する各出資の差止請求並びに丁事件原告出沢その子及び同下平憲治を除く同事件原告らの訴えにつき別紙四記載の各支出のうち平成五年三月三一日以前の各支出に係る損害賠償請求は、いずれも適法な監査請求を経ていないものであり、甲事件被告課長並びに乙事件被告世田谷区長及び丙事件被告練馬区長に対する事業委託費の支出差止請求は、回復困難な損害を生ずるおそれがないから、いずれも不適法として却下を免れないものというべきである。

三  訴外会社及びこれに対する出資の違法性について

1  訴外会社の設立目的、事業内容等について

前記認定事実(事実第二、二、4)によれば、訴外会社の設立目的、事業内容は次のように要約することができる。

(一)  訴外会社の設立目的は、第一に、東京都における懸案であった都内における鉄道と道路との連続立体交差化事業、当面は本件連立事業の資金を国庫補助以外にNTT--A資金からも調達することであり、第二に、NTT--A資金の貸付要件である返済可能性を確保するために営利事業を行うことである。

(二)  第一の目的を達成するために、訴外会社の借入資金は最終的に本件連立事業に振り向けられるものでなければならず、その意味で、訴外会社の本件融資対象事業は、物理的には連続立体交差化事業の一部に相当するものであることが要請され、その上でNTT--A資金の融資条件を充足するものであることが必要とされる。

(三)  また、連続立体交差化事業そのものは鉄道建設事業であるが、都市計画事業としてのその施行者は、右事業の地域的、資金的な規模の大きさ、都市計画上の重要性及びその責任の重大性に鑑み、都道府県又は政令指定都市とすることが所管官庁における指導基準とされており(建運協定)、本件のように鉄道増線工事も並行して施行されることも考えれば、立体交差の構造、方式は、関係事業者である東京都と鉄道事業者の協議を経て、都市計画に反映されるべきことであり、訴外会社がこれを決定する立場にはなく、訴外会社は、本件連立事業の施行者である東京都の管理下において、都市計画に従って、個別的な道路整備及びこれに付随する鉄道高架化工事を施行するものとされることになる。

なお、定款目的第一項の「東京都内における道路と鉄道との連続立体交差事業の施行」との文言からは連続立体交差化事業の施行者となることが想起されるものであり、訴外会社の設立段階においては、東京都の担当職員にもこのような認識があったものであるが、訴外会社は鉄道事業者に対応する連続立体交差化事業の事業主体とはなっていないし、本件連立事業の主体として立体交差の方式を決定したり、連立事業そのものについて責任を負うことはできない。

(四)  訴外会社の工事箇所とされる部分は、連続立体交差化事業箇所と重複し、物理的には訴外会社の工事が同時に連続立体交差化事業を実現することになり、また、鉄道施設に関する工事は鉄道事業者による工事と一体的に遂行する必要があることから、訴外会社が連続立体交差化事業の当事者と別個に独立に工事請負契約を締結して、道路整備事業を行うことは予定されておらず、結果的には、訴外会社は連立事業関係者との合意に従いその事業箇所に対応したNTT--A資金を鉄道事業者に支払うものにすぎない。

なお、訴外会社は、連続立体交差化事業の事業主体ではなく、道路管理者でもなく、鉄道事業者でもなく、その行う道路整備事業は、鉄道と立体交差する道路の特定部分を目的とするものであるが(増沢一朗証言)、右道路整備に付随するものとして当該立体交差箇所を含む四〇〇メートルないし六〇〇メートルの鉄道建設事業の費用を負担することとされ、費用の割合においては、鉄道建設費用の負担に係るものが道路整備に要するものを超えている。

また、本件融資対象事業の規模は三五〇億円と予定されているが、各年度毎の事業予定に従い、民都機構に対してNTT--A資金の融資の申請をするものであって、その事業箇所、事業内容が確定しているものではない。また、三五〇億円という事業規模のうち一六六億二五〇〇万円相当分の資金の流れに訴外会社が関与することはないというのであるから、三五〇億円相当の事業をもってNTT--A資金の融資対象となる訴外会社の事業ということができるかについても疑問があるところといわねばならない(前記事実第二、二、4、(四)参照)。

(五)  訴外会社設立の第二の目的は、NTT--A資金の融資条件である、融資対象事業又はこれと密接に関連する他の事業による収益をもって費用の支弁可能性を充足させるためのものである。右融資条件の趣旨は、日本電信電話株式会社の株式の売払収入が国民共通の財産であることに鑑み、融資対象事業の公共性を求めるとともに、確実な返済を確保するために、融資対象事業による収益からの返済可能性を要件としたものである。したがって、NTT--A資金の融資を受けた者が融資対象事業又はこれと密接に関連する他の事業を行って収益を得ることは当然に融資条件に沿うものであるが、このことが当該事業以外の事業を行うことを禁止するものではない。

2  右事実関係に基づいて、原告らの主張を順次検討することとする。

(一)  第三セクターの一般的違法性について

地方公共団体の目的及び本来的事務は住民の福祉の向上にあるから(地方自治法二条)、右目的による制約は考慮すべきものとしても、地方公共団体が株式会社等の民間の法人へ出資をすることは禁止されておらず(同法一九九条七項、二二一条三項参照)、民間法人という特殊性の下においても資本金の四分の一以上を出資している株式会社等は監査の対象となり(同法施行令一四〇条の七)、資本金の二分の一以上を出資している株式会社等は地方公共団体の長が調査権を有するのであって(同施行令一五二条一項)、地方公共団体の事務について住民の直接的参政を保障することが住民自治の趣旨と解することもできないから、住民が当該法人の管理運営自体に直接関与、介入する方途が制度上保障されていないとしても、地方公共団体の議会において議決された出資を違法とし、当該出資を受けた法人の存在が違法性を帯びるものでもない。

また、地方公共団体の出資対象としては公金管理の上からは経営の安定性が、地方公共団体の事務の目的からは事業による住民福祉の向上が要請されるとはいえる。しかし、参加する企業が住民の監視を必要としない程に法律の厳しい規制下にあり、出資対象法人である第三セクターの事業内容が法令で厳しく規制されているとの要件が必須のものであるとする法令上の根拠はないから、これを欠くときは当該法人又は当該法人への出資が違法となるとする理由もない。

(二)  訴外会社の違法性(訴外会社の目的の非公共性、事業内容の不確定性、設立目的の達成不能)について

(1) 訴外会社の定款目的第一項については、訴外会社が連続立体交差化事業の施行者でないこととの関係で疑義があることは既に説示したところであるが、その余の目的が株式会社の目的として特定を欠いているとは認められない。

定款目的第一項以外の事業目的には既に摘示したとおりの収益事業が列記されているが、会社なるものはそもそも営利を目的とするのであるから、収益事業を営む会社への出資が一般的に禁止されるものではない。そして、訴外会社の目的のうち、鉄道高架下の施設設置、管理、賃貸は本件融資対象事業に密接に関連する事業であり、都市開発事業の受託業務、東京都の所有、管理する不動産の管理等は公共的性質を有するものであって、田上嘉一証言によれば、その余の収益事業は右各事業と関連するものとして列記されたものであることが窺われ、株式会社の目的の記載としても合理性を有するものということができる。

民間法人への出資については、それが住民の意思によるときでも公共性を重視せよとする原告らの主張は、地方公共団体の権力性、独占性等々による経済の混乱を危惧するものとして理由なしとしないが、営利行為を行うことが直ちに住民の利益に反するものではなく、訴外会社の収益事業がNTT--A資金の返済を目的とするものであることは明白であり、その事業によって権力性、独占性等々による経済の混乱が生ずるおそれを認めるべき事情は見当たらず、NTT--A資金の借入による地方公共団体の財政負担の軽減という趣旨に照らしても、定款目的第一項以外の目的を理由に訴外会社ひいては訴外会社への出資を違法とする原告らの主張を採用することはできない。

(2) 訴外会社の設立段階において、その事業対象について原告らが指摘する変更があったことが認められるが、NTT--A資金を借り受けるという訴外会社の第一の目的については事業費に変更はなく、受託事業費の減額については被告らの説明にも一応の合理性が認められるのであって、右事業規模の減少をもって訴外会社ひいてはそれへの出資を違法とする原告らの主張を採用することはできない。

また、訴外会社が自ら道路、鉄道の建設事業を営むものではなく、設立の第一の目的は、NTT--A資金の融資を受けて、これを連立事業の一部のために提供することにあり、訴外会社の営業の実体は、右融資の返済のための収益事業(関連事業)にあることは既にみたところである。そして、具体的な事業についていえば、NTT--A資金そのものが毎年の事業計画によって申請されるものであり、収益事業は連立事業の進捗によって展開されるものであるから、訴外会社の現実の事業規模を確定することは困難といえるが、その設立目的、事業内容に明確を欠く点はなく、設立の目的に照らした事業規模は明らかということができる。したがって、訴外会社の右に述べた実体にNTT--A資金の融資の資金迂回会社又はノンバンクの不動産管理会社に類比し得べき面があるとしても、そのことで、訴外会社ひいてはそれへの出資が違法となるものではないから、この点に関する原告らの主張を採用することはできない。

(3) 定款目的第一項の文言からは、訴外会社が連続立体交差化事業の施行者となるとも解されることは既に摘示したとおりである。

ところで、定款の趣旨は、定款作成に関与した関係者の思惑や誤解を前提として解釈すべきものではなく、現実の法人の性格、目的に照らして客観的に判断すべきものである。

したがって、右の客観的な判断として、定款目的第一項が連続立体交差化事業の施行者となることのみを規定したものとすれば、建運協定に抵触することになるから、かかる通達そのものに拘束力がないとしても、連立事業の性質に照らせば、第三セクターである訴外会社が連立事業の責任主体となることには多くの困難が予想され、訴外会社の事業を連続立体交差化事業であるとしてNTT--A資金の融資を受けることは実現性に乏しいものというほかなく、そのような法人に出資をすることは違法となる余地があるというべきである。

しかし、現実に設立された訴外会社はその事業として連立事業の事業主体となることは予定せず、連立事業の対象たる鉄道と交差する道路部分の整備及び付随する周辺鉄道の高架工事が事業対象となっていることは既に認定したとおりであり、訴外会社の目的が連続立体交差化事業の一部に相当する部分を事業対象とすることは既に説示したとおりであるから、現在の表現によっても連立事業対象たる交差部分の道路整備等が会社の目的の範囲に入ると読むことは可能であり、定款の記載を変更することの是非、しないことの当否の問題はあるとしても、定款の記載から、訴外会社ひいてはそれへの出資が違法となるものではないから、この点に関する原告らの主張を採用することはできない。

原告らは、訴外会社の行う道路整備事業が本件連立事業の一部をなすこと、定款の作成経過において訴外会社が連続立体交差化事業の主体となるとの見解があったこと、定款目的第一項の表現から、本件連立事業についても訴外会社が主体であり、少なくとも道路整備に関連するとの理由で本件連立事業である鉄道建築事業を行うことは建運協定に違反し、訴外会社はその設立の第一の目的であるNTT--A資金の借受条件を充たさないとするようである。しかし、定款の解釈にその策定経過を参考にすべきものとしても、原告らの指摘のとおり現在の制度下では訴外会社が本件連立事業の主体となることはできないか、困難であるのであって、定款の解釈は現実の法制度等を前提に合理的に解釈すべく、策定に関与した者の思惑、誤解に拘束されるものではないことは既に説示したとおりである。また、連続立体交差化事業の施行者が都道府県又は政令指定都市とされているのは、広域行政及び事業遂行主体としての責任によるものであるから、この責任が全うされる限り、連続立体交差化事業の範囲に含まれる個別的都市計画施設の建設事業を他の事業者が行うことを禁止する理由はないというべきであって、東京都が施行者としての責任を負う事業について、訴外会社がその事業に伴って資金を負担することが違法となると解することはできない。すなわち、本件連立事業対象地域の踏切の解消が急務であることは原告らも認めるところであるから、仮に地下化による立体交差の方式が採用された場合を想定してみれば、この場合に当該連立事業の範囲に含まれる個別交差箇所について開削工事が必要となり、当該箇所の道路整備及びこれに付随する関連鉄道施設の建設工事費用のために公的融資が受けられるときに、当該交差箇所の道路整備事業としては適法であるにかかわらず、そこが右連立事業の範囲に含まれることの故に、右道路整備事業が違法になるという関係には立たないというべきなのである。

(三)  訴外会社の事業目的の違法性について

原告らは、本件連立事業が予定する高架式立体交差方式の問題点を指摘し、訴外会社の事業もこのような高架方式を前提とするから、高架方式を前提とする出資、訴外会社への事業委託費等の支出が違法であるとする。

しかし、既に検討したとおり、訴外会社は本件連立事業の主体ではなく、都市計画事業としての連立事業における道路との交差の方式、構造は、事業関係者の協議に基づいて都市計画として策定されるのであって、訴外会社が行う工事箇所の立体交差の構造方式は右計画に従属しているのであるから、都市計画において地下式と決定されれば訴外会社の存在が不要となる関係にはないのである。したがって、右の違法は、都市計画における立体交差方式の選択における問題であって、NTT--A資金の融資対象事業の主体として訴外会社を設立し、連続立体交差化事業の資金を調達することを違法ならしめるものではないのである。すなわち、訴外会社への出資に当たっては、その設立の目的が達成可能であるか否か、すなわち、NTT--A資金の融資対象条件を充たすかを検討考慮する必要があるが、NTT--A資金そのものが高架式を必須のものとしているとの立証はないのであるから、立体交差の構造方式がどのようなものとなるかは、訴外会社への出資に際して財務会計行為を行う者の考慮事項ということはできないのである。

この点につき、原告らの主張は、定款目的第一項の記載、訴外会社の行う整備事業の内容(線としての道路の整備ではなく、立体交差箇所の整備)及び訴外会社が借り受けるNTT--A資金の大半の使途(本件連立事業と重複する鉄道建設事業負担金)から、訴外会社の事業は実質的に鉄道高架化を前提とする本件連立事業と同視すべきであり、訴外会社が本件連立事業の施行主体となっていないのは、建運協定違反を回避するための便法にすぎないとするものである。しかし、定款目的第一項の記載から訴外会社が本件連立事業の施行者になるものではないこと、NTT--A資金の大半が本件連立事業の費用に拠出されるとしても、訴外会社への出資あるいはNTT--A資金が連続立体交差化事業に拠出されること自体は、鉄道高架化事業であることを前提とするものではないこと、そして、訴外会社が現実に建運協定に違反していないことは既に検討したとおりであるから、訴外会社が借り受けるNTT--A資金が鉄道高架化を前提とした本件連立事業に拠出されるとしても、そのことから、訴外会社の設立あるいはそのための出資が違法となるものではないのである。

また、《証拠略》によれば、道路と鉄道との立体交差の方式、あるいは都市空間を大きく画することとなる連続立体交差における交差の方式、構造においては、支出を要する経費のみならず、立体交差化によって生ずる利益の比較、近隣環境への影響の比較、都市災害への対応の比較等、多様な観点からその比較検討を行うべきこと、シールド方式に関する最近の技術進歩により、鉄道の地下化に要する費用が従前より低額となってきたことが認められるが、証人力石定一を初め右各証人の証言から認められるとおり、立体交差方式の選定は、経費、環境等複雑多岐な事項に関する総合的判断の問題であるから、この点が立体交差方式の決定に当たって考慮されることは格別、訴外会社の設立のための出資に当たって、この点を考慮すべきことが財務会計上の行為規範であると解することはできない。したがって、仮に総合的に検討した場合には地下式に優位性があるとしても、そのことの故に訴外会社の設立、存在が違法になるものではないのである。

(四)  本件出資による財政への悪影響について

訴外会社の営業の実質が収益事業にあることは既に説示したとおりであり、その事業の中心は、東京都からの受託事業、連立事業の進展によって生ずる都市部の高架下空間等の利用による施設賃貸等にあるというのであるから、事業の目的、対象は相当に明確というべく、原告らも指摘するとおり、訴外会社の収益は初期投資をはるかに上回る可能性もあるというのであるから、訴外会社への出資を控えるべき程に事業継続が困難であったと認めるに足りる証拠はない。

(五)  都市計画決定違反について

都市計画の内容、変更経過は、前記事実第二、二、5、(二)に認定したとおりであるが、訴外会社の融資対象事業が右都市計画に違反することを認めるに足りる証拠はない。

なお、都市計画法五九条七項は、施行予定者が定められている都市計画に係る都市計画施設の整備に関する事業は、その定められている者でなければ、施行することができない旨を規定するが、右規定は、同法六〇条の二に規定する二年以内の都市計画事業の認可又は承認の申請義務を負う者を明らかにし、右義務を担保するために都市計画において定められた施行予定者が右申請義務を負担することを規定したものであって、都市計画事業の重複を禁止したものではないから、訴外会社が立体交差箇所の道路整備事業に付随して、鉄道高架事業の資金を負担することは、東京都が施行する本件連立事業と重複するから、相互の調整が必要となることは格別、そのことの故に、訴外会社の道路整備事業が都市計画法上違法となるものとは解されない。

(六)  社会資本整備特別措置法違反について

前記事実第二、二、3によれば、訴外会社がNTT--A資金の融資条件を形式的に充たすものであることが認められる。

この点につき、原告らは、訴外会社の事業を連立事業と同一であるとし、あるいは訴外会社の事業利益による恩恵が出資者たる鉄道事業者に帰属することから、NTT--A資金の融資条件に合致しない旨の主張をする。しかし、訴外会社の事業が工事内容(資金提供の対象)において連立事業の一部であることと連立事業の施行者であることとは別個のことであることは既に説示したところであり、株式会社の計算に従えば、訴外会社の事業収益は一方で借入金であるNTT--A資金への返還に充てられ、更に所得が生ずるときは、株主へ還元されるのであって、訴外会社の収益が増加したとしても最大出資者である東京都を外して出資者たる鉄道事業者のみに恩恵が帰属するものではない。また、NTT--A資金の融資条件としての返還可能性は融資対象事業及びこれに密接に関連する事業に関する要件であって、右融資を受けた者に右以外の事業を禁止するものではないから、立体交差化又は沿線周辺の開発による利益がNTT--A資金の返還を超え、出資者を利することになったとしても、そのことからNTT--A資金の融資条件を欠くに至るものと解することはできない。

なお、訴外会社の事業規模約三一〇億円はNTT--A資金の融資に係る一八三億七五〇〇万円、業務受託事業二億九九〇〇万円及び収益事業一二三億八五〇〇万円からなり、本件融資対象事業のうち地方負担金及び都費を原資とする一六六億二五〇〇万円の事業を含まないことになり(前記事実第二、二、4、(四)、同5、(一)参照。)、仮に、右金額相当の事業が訴外会社の事業に含まれないとすれば、訴外会社がNTT--A資金の融資を受けることのできる事業の事業規模は一八三億七五〇〇万円であり、融資規模はこれに更に融資率を乗じた金額となるのではないか、そしてこの場合にNTT--A資金融資相当額以外の事業費を都費又は地方負担金をもって直接鉄道事業者へ支払うものとすると、訴外会社の事業規模は更に減少するのではないかとの疑問が生ずるところである。しかし、NTT--A資金の融資は毎年の事業毎に行われるものであり、今後の融資申込みにおいて調整可能な問題といえるのであって、現に、NTT--A資金の融資が開始されていることに照らしても、訴外会社がおよそNTT--A資金の融資対象条件を欠くものであったということはできないから、訴外会社の設立のためにされた本件各出費が社会資本整備特別措置法に反する、不可能な資金借入れを目的としていたものと認めることはできない。

また、原告らは、民都機構による融資手続の違法をいうが、その趣旨が、民都機構が融資手続を行うことの不当に止まるものであれば、訴外会社ひいてはそれへの出資を違法とするものではなく、単に不当をいう以上に無効をいい、あるいは訴外会社による事業が社会資本整備特別措置法及び民都特別措置法に照らして、およそ融資対象にならないことをいうのであれば、かかる事実を認めるに足りる証拠はない。

(七)  本件高架化計画及び本件出資に至る手続の違法について

高架化を前提とする本件出資に至る手続上の違法についても、訴外会社への出資における財務会計上の違法とならないことは、(三)に説示したところと同様である。

(八)  事業委託費の支出(丁事件)について

訴外会社への出資あるいは訴外会社の設立又は存在そのものを違法であるとすることができないことは既に説示したとおりであるから、右の違法が存することを前提とする訴外会社への事業委託費の支出(丁事件原告出沢その子及び同下平憲治を除く同事件原告らについて、別紙四記載の支出のうち平成五年一〇月一四日、同年一一月三〇日及び平成六年五月一七日の各支出)を違法とする原告らの主張も理由がないというべきである。

四  以上によれば、原告らの本件訴えは二4に説示した範囲で不適法であるから却下することとし、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹野下喜彦 裁判官 岡田幸人)

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